The Last Laugh (B. Kenwright + Parco)
夜、パルコ劇場まで、三谷幸喜『笑の大学』のロンドン向けローカライズ版、The Last Laughの世界初演を観に。知人の代打による観劇(つまり、楽しみにしていたわけではない)。(注 イギリスでツアーのあと、大阪公演を経ているとのこと。失礼しました。)
客席、白人の人がたくさん。お仕事で観ているらしき人も。んー、で、パルコはふつうに切符売ったらしくて、最前列は日本人ぽい人ばかり。字幕は左右。一番前だと、見えないだろうな。前のほうはブリティッシュカウンシルほかイギリス系の団体にまとめて招待に出したらよかったんじゃないの、と思う(青年団『別れの唄』は前のほうに白人が多かったと記憶)。
まんまウエストエンドが東京に来たみたいなお芝居。字幕を読んでは英語の音を確認しつつ、お芝居を楽しんだ。劇作家役はものすごくよくしゃべるので字幕にところどころ入りきれてなかったが、まあしかたないだろう。あと、ネタが字幕に先に出て、俳優がそのネタを言う前にどっと笑いが出た場面もあったが、これもしかたないだろうと思う。ほか、音声効果がちとわざとらしかったな。あと、他にも気づいた点があったが、国情の違いによるところが大きい気がする。
途中少しメタ演劇っぽい演出があって、そこはとてもおもしろかった。
以下、『笑の大学』を観ておらず、かつこの作品をご覧になる人は、自己責任でどうぞ。
日本語のオリジナルとの一番大きな違いは、戦時下なのに、雰囲気がゆるいことである。オリジナルでは、劇作家はいつぶちこまれるかわからない、検察官も上官の目を意識せずにはいられない、という背景があったのだと思うのだけれど、The Last Laughではそういう緊張がない。
戦時中の日本が舞台の場合にある、当局側=(いずれ負ける)悪者、調べられる側=正義の人、というデフォルト設定が、イギリスではないからだろうと思う。両方正義の人で、そのためか緊張が弱い。
装置からうかがえる物質的な豊かさも、戦時下の日本ではありえない。ちと卑屈になった。
あと、いつも、劇作家が部屋を出てから空襲(?)の音が聞こえるのが疑問。取調中は休戦なのか、と思った。
「坐薬」という英単語が発せられるたび英語圏の人がやたらウケていた。一緒に笑いたい人は調べていくといいかも(^^;
ともあれ、ウエストエンドでのロングランの成功を祈ります。
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