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新国立劇場養成所第1期修了公演『リハーサルルーム』

観劇日時 2008年2月27日19:00

夜、新百合ヶ丘のアルテリオ小劇場まで、新国立劇場演劇研修所第1期生終了公演『リハーサルルーム』を観に。篠原久美子作、栗山民也演出。

席が、ええとですね、劇場に電話して当日精算にしてもらってあって、当日精算にすると席を指定できませんと言われたのだけれど(期日までに取りに行くか、電話でカードで精算するかすれば、席がその電話でただちに決まるんですが、の意)、今日当日精算で受けとった席は、その時案内された席よりずっといい席だった。

お芝居は、いきなり、やっぱり、「新劇」だった。ダとメなほうの「新劇」。コトバハキハキ、どこかわざとらしいっていうか。そうしたら、アフタートークで栗山さんが「今日はだめでした」と言ったので、安心した。自分のセリフで精一杯な人が多かったってことだろうなぁ。

ともあれ、「コーラスライン」みたいだなー、とか、いるいるこんなセンコー、とか思いながら楽しく観ていたのだが、途中、たぶん一番いい場面で、意識が朦朧。芝居のせいではないです。当方の責任。

で、アフタートークで元を取った。以下抜粋。

栗山
「これまで、俳優に、資質と技術と熱意のアンバランスを感じることがあった。俳優として基礎を身につけるのに3~5年かかる。外国では国立の劇場には劇団があることが多いが、システムとしてこれが軌道に載るには10年はかかるだろう。研修所では、イギリスやロシアからの講師を招聘しつつ、日本の所作も取りいれている。
「言葉→セリフ→人の反応、という基本の交流が芝居。しかし自分のセリフだけにこだわる俳優が多い。電子メールを送りっぱなしにするのに似ている。相手の目を見て話すのが大事。
「研修所では当初アルバイトを禁止していた。国として俳優を養成する。3年で満足できるレベルに達したかと問われれば、俳優という仕事に終わりはない。演じた役を毎回つぶして次の役を作り直すのが俳優。プロは、言葉に興味を持ち、見るもの聞くものに好奇心を持っている。

俳優さんひとりひとりの感想については、印象に残った言葉のみ。3年間を振り返っての言葉や、今日の公演について。

野口俊丞(日下部和輝役) 「3年間やったことがこの作品に全部入ってきた。演じた日下部が、妻を愛していった軌跡をたどり、それが自分個人の日常生活に入ってきた。」

窪田壮史(大久保俊哉役)「話す・聞くがやっと見えた。役を演じることで自分も成長した。」

内田亜希子(阿川夏樹役)「夏樹は、自分が昔持っていた感覚を持っていて、それが懐かしく、元の世界に戻りたくなくなった。しかし新国立劇場での公演があってからだんだん地の自分に戻り、今日はみんなが知らない人のようだった。今日はそういう自分から夏樹に入った。」

河合杏奈(川添優子役)「自分と他人の両方が自分がそこにいることを許してくれた。多面性のある役で、自分を追求した。」

高島令子(日下部織絵役)「俳優になるためではなく、みなさんに見てもらうために勉強してきたのだと気づいた。」

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そいえば、「韓国では俳優は、みんな俳優になる学校を出ているの。日本では、人気が出ると仕事が来て俳優になる人が多いけれど、道筋が違うの」と友人が言っていたのを思い出した。

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