燐光群+グッドフェローズ プロデュース『ローゼ・ベルント』
観劇日時 2008年7月10日19:00~21:20
初めて、調布市せんがわ劇場へ。小田急沿線住民のわたしは、成城学園前駅からバスという微妙な方法で行った。行ってから、ペーター・ゲスナーさんが芸術監督になった劇場だったなぁと思い出す。(新国立劇場に、鵜山さんが一期で芸術監督職から離れることになった理由を理事長は説明すべきだ、とメールを送ってしまったわたしである。)
ちと疲れ気味、さらに作品が長目と聞き、寝てしまったらどうしようと思いつつ行ったが、杞憂であった。舞台に占部房子さんがいるんだもん
。大竹しのぶさんの「薄幸系の当たり役」ができる俳優さん。
燐光群+グッドフェローズ プロデュース『ローゼ・ベルント』は、このところポジエネルギーに満ちていたわたしを、「でも世界ってこうでしょ?」とナラクに突き落とそうとするかのようなお芝居だった。世界は欺瞞と暴力に満ちている。その中で、怒りや悲しみ、罪の意識、与えたい愛差し出された愛にがんじがらめになる女性を占部さんが好演。大鷹明良さんもイイ。猪熊恒和さんは、いつもながら、根っからそういう人に見えてしまううまさ。
以下自己責任でどうぞ。
原作は、ちらしによると「保守的な農村で、健康で性的魅力に溢れた若い娘ローゼが、奉公先の主人フラムと不倫の関係に陥り、実父、身体に障害を持つフラムの妻、孤児院育ちの婚約者アウグスト、彼女を脅迫する機械工シュトレックマンらとの葛藤の末、迎える悲劇を描」いた作品らしい。この作品では、舞台を、挽肉の偽装を行っている食肉工場としている。労働条件は劣悪で、働いている者の中には派遣社員も含まれている(『蟹工船』流行ってますねぇ)。この設定はよくきいているとわたしは思った。人と肉の、時にあやふやになる境界や、日本で昔食肉加工に携わっていた人々、さらに映画『いのちの食べ方』が問うているらしきところを考えた。
ジョシ的には、ジョシだからこそ受けたと思われる暴力を、あれこれと思い出した。
舞台を現代の日本に置き換えた結果、登場人物の宗教へのコミットメントは、説得力が弱いように感じられた。装置は美しいが、一部の楽器についてはよくわからなかった。
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