観劇日時 2009年1月5日19:00~20:45
今年の1本目は、たぶん最後のベニサン・ピット。tpt 70『ウルリーケ メアリー スチュアート』は、tptが本拠としてきたベニサンピットでの最後を飾るのにふさわしい出来栄えだった。台本・演出は川村毅さん。今日の乞食の役は手塚とおるさん。
原題 Ulrike Maria Stuart、「メアリー」の部分がドイツ語綴り。原題を見て「一人の人物の名前がお芝居のタイトルになってるんだなあ、ウルリーケ、イコール、メアリー・スチュアートなんだなあ」とわかった(汗)。作者のエルフリーデ・イェリネクは、挑戦したい作家で本を一冊持っているのだが、注が文中に多すぎて(「これは原文でこう言い、あれにかけている」という具合の)読了できないまま。このお芝居で一作ものにできた。感謝。
この作品のもとになっているシラーの『メアリー・スチュアート』は観ていないが、ダーチャ・マライーニの『メアリー・ステュアート』は観ている。マライー二も、イェリネク同様、ジェンダーに敏感な作家。
挑発的な台本で、自分の生きている世界を問い直させてくれた。プログラムに川村さんが書いているとおり、昨年末、「資本主義システムのほころびの光景が誰の目にも明らか」になった。大勢の人(派遣社員と呼ばれる人々)が路上に投げ出された。年末年始、「派遣村」に人々が押し寄せた。しかしキャノンやトヨタは相変わらず巨額の内部留保金を持っている。製造業への派遣を可能にしたのは法律の改悪。こんな解雇がまかりとおるのはなんだかおかしいのではないか(みんなもっと怒っていいのではないか)、と思っていたら、年末にはイスラエル政府がガザ地区攻撃。ごく最近知ったことだがマクドナルドやコカコーラ、スタバといった大企業がイスラエル政府を支援している。ということは、知らない間にイスラエルの軍事費の拠出を手伝っていたことになる。マクドナルドやコカコーラはテレビの大広告主でもあり、この二社がイスラエル政府を支援しているとなれば、同政府がガザ地区で本当は何をしているのかについて、テレビがどこまで報道できるのか、限界があるのではないかと思う。これは、従来ある言葉では表現できない、社会システムの欠陥のあらわれではないだろうか。終演後、こんなことをつらつらと考えた。
以下自己責任でどうぞ。
Tシャツ姿の、(コルセットから解放された、)肉感的なドイツ赤軍派のウルリーケ(メアリー・スチュアート)と、ウルリーケを追いつめるグードルン(ウエストをコルセットで締め、髪をひっつめ、異常に厚い底を持つ靴をはくエリザベスI世)。演じている女優(順に濱崎茜さんと大沼百合子さん)がすばらしかった。後半のグードルンの独白はすごい。
最初からハイテンションで疾走。ちょっと間違うと「芝居の靴が脱げてしまいそうな」あやうさを最初のほうで感じたが、グードルン女王様が出てきてからは腰の据わった舞台になった。
川村さんのアイデアで、浅間山山荘事件がお芝居の中に取りいれられていた。この事件の場面の間、やたら親しみやすく感じた。この場面で発せられるセクト用語(?)は日本語として意味が確立していて、ウルリーケやグードルンが同じ言葉を発する時の輪郭のあやふやさとは違っていた。このエピソードが加えられて、芝居が狭くなった気もするが、芝居が追って行きやすいものになっていた気もする。
子どもの頃テレビで見た場面の歴史的な意味を体感した。